第28回 長野マラソン

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大会当日が妻の命日 ポーチに遺影を入れて一緒に走る長野市の61歳

2026-04-17T10:16:24+09:00

 約1万人のランナーが春の信濃路を駆ける第28回長野マラソンが19日に迫った。12回目の出場となる長野市若穂保科の大日方兼彦さん(61)は5年前のこの日、妻光代さん=当時(60)=をがんで亡くした。これまでに完走できたのは3回。妻の命日と重なる今回は「絶対に完走し、光代に報告する」と意気込む。昨年、両変形性股関節症と診断され、痛みが出ることもあるが、市内のバス会社に運転手として勤務する合間を縫って練習に励んでいる。

 10日朝、須坂市内の理髪店に大日方さんの姿があった。長野マラソン前に髪を整えるのは恒例の「儀式」。長さ4ミリに切りそろえてもらいながら、太ももの辺りをさすり「今年はプレッシャーがたくさんだ」とつぶやいた。

 闘病中だった光代さんが息を引き取ったのは2021年4月19日午前8時前。今大会の開催日を知った時、大日方さんは運命を感じた。光代の命日だ―。

 大日方さんは須坂市出身。地元の高校を卒業後、就職のため上京し、高知県出身で5歳年上の光代さんと知り合った。結婚後、1994年に帰郷。15年ほど前、同僚に誘われて本格的にマラソンを始めた。光代さんは「お金を払って走るなんてどうかしてる」とからかったという。

 そんな光代さんが、自宅前がコースとなるミニマラソンの時には家の前で大日方さんが通るのを待ち構えていた。照れくさそうに笑みを浮かべる光代さんの姿を思い出し、大日方さんも笑顔を見せた。

 光代さんの肺にがんが見つかったのは2017年。その後、脳へ転移した。自宅で看病した大日方さんは、食が細くなっていく光代さんを見て「自分だけ食べることはできなかった」。めいりそうな気持ちを振り払おうと、毎日朝晩に自宅の周りを走った。光代さんは自宅で大日方さんにみとられながら旅立った。

 長野マラソンで大日方さんが完走したのは、直近では光代さんが亡くなった翌年の22年。遺影をポーチに入れ、腰に巻いて走った。すると「途中から、前へ前へと舞っているような感覚」を経験したという。記録は自己ベストの4時間14分46秒。「光代のおかげだよ」。自宅で遺影を見ながらビールを空けた。

 股関節に違和感を覚えたのは昨秋。一時はしゃがむこともできなかった。「(長野マラソンに)出場できなくても仕方ないか…」という思いが頭をよぎったが、光代さんの顔が浮かんだ。ブロック注射を打ち、トレーナーの指導で筋トレを開始。春先には何とか走れる状態まで回復した。

 コンディションに不安は残る。今月13日、仕事で訪れた京都で空き時間に走ったところ、膝を痛みが襲った。それでも大会当日は、同僚やトレーナー、沿道の声援が支えになると自身を奮い立たせる。

 それに、一人で走るわけではない。今年もポーチに光代さんの遺影を入れ、一緒に駆ける。「最後はうちのやつの力を借りさせてもらおうかな」。写真の中でほほ笑む光代さんに語りかけた。(信濃毎日新聞)

 

長野マラソンを前に理髪店で髪を切ってもらう大日方さん。気合を入れるための「儀式」という=10日、須坂市