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第3回長野オリンピック記念長野マラソン大会は4月15日、長野県山ノ内町〜長野市南長野運動公園の日本陸連公認コース42.195キロで行われた。コースは35キロ付近、ホワイトリング南で一部変更。大勢のランナーたちはさわやかな春の陽光を浴びて信濃路のレースを繰り広げた。沿道では大勢の人たちが力走する選手たちに声援を送り、“マラソンデー”を楽しんだ。
参加選手はエントリーした約5100人のうち、海外招待12人、国内招待9人を含む4523人。第2回に比べ、約1000人増えた。午前9時5分、山ノ内町のオリンピックメモリアル聖火台前を宮下創平・長野陸協会長のピストルを合図に一斉にスタート。天候は晴れ、気温は16度、風速は0.3メートル。
レースの模様はテレビがNHK、ラジオはSBCが実況中継した。ゴールの長野オリンピックスタジアムに最初に飛び込んだのは、男子総合のマクセル・ムセンビ選手(ケニア)。3キロすぎから飛び出したムセンビ選手は、10キロすぎでアブラハム・アセファ選手(エチオピア)にいったんは追いつかれたものの、17キロすぎで引き離して独走。大会記録更新の期待も抱かせたが、後半はややペースが落ち、2時間12分20秒だった。2位はマラソンに初挑戦した諏訪利成選手(日清食品)の2時間16分18秒、3位は小林正幹選手(富士重工)だった。
女子総合は大西昭代選手(積水化学)が自己ベストを3分余りも短縮する2時間31分20秒で優勝、男女を通じて大会初の日本人チャンピオンとなった。2位は田中千洋選手(トクセンAC)の2時間32分05秒。3位はナタリア・ガルシコ選手(ベラルーシ)だった。第1回大会で優勝している男子のジャクソン・カビガ選手(ケニア)、今大会で一線を退くことを表明していた女子のワレンチナ・エゴロワ選手(ロシア)はともに途中棄権した。
レース中の気温は正午すぎには20度を超え、長野市の堤防道路沿いではやや向かい風。市民ランナーたちは暑さとの戦いで苦しいレース運びとなった。この結果、制限時間の5時間以内の完走者は3751人で完走率は83%、前年の88%を下回った。暑さのため、脱水症状を起こす人も多く、救急車で病院に4人が搬送され、118人が手当てを受けた。その中で、難民としてケニアに逃れた2人のエチオピア人選手が話題となり、見事に完走した。
表彰式では、男子総合優勝のムセンビ選手にIOC会長杯が小坂健介大会長から手渡されたほか、主催団体のJOC会長杯、長野県知事杯、長野市長杯、信濃毎日新聞社杯、NHK杯などが各部門の優勝者に贈られた。
また、メイヤーズウォークでは、塚田佐長野市長を先頭に公募した長野市内の小学生ら約150人がスタジアムまでの約1キロを歩いた。スピードスケートのメダリストの宮部行範さん、同じくワールドカップで活躍した外ノ池亜希さんも加わり、交通安全を願ってのウォークに彩りを添えた。
競技終了後、長野市内のホテル国際21(選手村)で開いた恒例のフェアウェルパーティーには、選手や大会役員ら約400人が参加、市民ランナーたちは互いの健闘をたたえ合った。海外招待選手からサインをもらったり、一緒に写真を撮ったり、和やかに談笑するなど、あちこちで交流の輪が広がった。同会場でのチャリティーオークションで、97000円を売り上げ。この売上金を長野マラソンが「交通安全運動」キャンペーンに協力している関係で、長野県に贈った。
大会に先立ち、14日には、開会式や日本陸連主催の普及イベントなどを実施。選手村での開会式では、海外・国内招待選手らを紹介。砂田貴裕選手(積水化学)とエゴロワ選手が宣誓した。
普及イベントにはオリンピックメダリストの有森裕子さんが講師として参加、長野運動公園陸上競技場では、小中学生約300人を対象にしたマラソン教室があった。続いて有森さんは長野市民会館で、「よろこびを力に」のテーマで講演会。「人には皆平等にチャンスがある」などと強調した。また、恒例の個人クリニックには約120人が参加して好評だった。
義足のランナー、地雷廃絶運動家で長野オリンピックでもおなじみとなったクリス・ムーンさん(英国)が特別ゲストで参加。市民会館での講演会で、地雷廃絶を強く訴えた。ムーンさんはマラソンにも挑戦し、4時間42分27秒でゴール、観衆はその健闘に惜しみない拍手を送った。
また、海外の招待選手を中心に「一校一国運動」が今回も行われ、長野市内8つの小、中、高校で児童・生徒たちと交流した。 |