愉快な体験
第3回長野オリンピック記念長野マラソンで、初めてフルマラソンに出て完走しました。
行きのシャトルバスではピリピリとした緊張感。速そうな外国人選手のウォーミングアップを見て、場違いな所へ来たかなと、興味本位で参加したことを悔いたほどでした。
走ってみると、のどかな田舎道が続き、農作業の手を休めて応援してくれるおばあちゃん、新緑の河原のはるか遠くに見えるまだ白く雪の残る山々、ちょうど満開の桜も目を楽しませてくれました。
高齢の方についていけなくて悔しい思いをしたり、「頑張れー」との声援に「頑張ってるんだよ」とこたえるひょうきんなランナーの言葉に、つくづく納得しました。
リタイヤはしたけれど、「3時間でゴールしたあいつに2時間まではついていった」と誇らしげな友人も、印象に残ります。ゆっくり走れば完走できるのに、と思うのですが、そこが価値観の違いなのかもしれません。
いろいろなものが集まった長野マラソン。恵まれた自然環境とのんびりした土地柄、「オリンピック記念」というたまものなのかなと、考えています。愉快な体験でした。それにしても疲れた。 |
| 長野市 赤塚みのり(21)=大学生 |
外国選手の励まし
長野マラソンに初めて参加しました。同じ町の方たちが誘ってくれ、フルマラソンに一度出てみたいと思い、参加を決意しました。
毎日、犬と2km走る程度の私でしたが、完走を目標にスタートしました。15kmぐらいまでは快調に行ったのですが、だんだん足が痛くなり、動かなくなってきました。30km地点近くの五輪大橋で「もうやめたい!」と歩きそうになった時、近くに来て「ガンバリマショウ」と言って励ましてくれた人がいました。彼女はオーストラリア人で、やはり初めての参加とのことでした。
私は何とか4時間56分台で完走することができました。ゴール地点では彼女はもういませんでした。お礼も言えなかったのが、大変心残りです。
彼女のほかにも、絶え間なく続いた沿道の応援、給水所や計時などのボランティアの皆さん、荷物預かり所まで足を引きずって歩いていた私に肩を貸してくださったスタッフの方。皆さんのおかげで私は42.195kmを走ることができました。ありがとう。 |
| 下伊那郡 小林和子(41)=教諭 |
若返った気分
青春時代の思い出の地、信州。主にスキーのために、白馬、菅平、志賀高原を訪れていましたが、今回は長野マラソン出場のため、35年ぶりに長野県を訪れました。長野駅に降り立つと、周辺はすっかり様変わりしていて驚き、目を白黒させてしまいました。
マラソンのスタート時は快晴。北信五岳は雪をいただき、自然の景観は少しも変わらず、走ることより、その素晴らしさに目を奪われました。長野市に近づくにつれ、北アルプスも頭をのぞかせ、疲れも吹き飛び、どうにか制限時間内にゴールできました。
途中、給水所をはじめとして、多数のボランティアの方々のご尽力と、沿道の方々からの力強い声援に勇気づけられ、感謝感激でした。ありがとうございました。
折から桜もちょうど満開で、大会に彩りを添えてくれ、信濃の春を満喫できました。若返ったような気分になりました。来年も都合がつけば、一市民ランナーとして、ぜひ参加したいと思います。 |
| 愛知県 長屋征四朗(62)=無職 |
皆さん、ありがとう
いつかきちんとお礼を言いたいと、ずっと思っていた。寒さと強風の第1回から暑さの第3回まで、長野マラソンを完走できたのは、ボランティアの皆さまのご協力と笑顔、沿道の方々の声援があったからこそである。
どんどこ座の力強い太鼓の音が、「あきらめないで」と心の奥底に深く響いた。千曲川沿いの土手から離れた畑で、りんご箱に腰掛けたおじいちゃんが手を振ってくれた。涙がにじんだ。1年半前に死んだ父が、私を励ましてくれているように思えてならなかった。
足が痛かった。大雪の後、凍った夜道を走っていて転倒し、右ひざを負傷した。完治していないのに、どうしても走りたくて無理して参加した今年。どこでリタイアしよう?そんな思いがよぎり始めたころ、「気楽に行けよ」と、沿道から思いがけない声援を頂いた。足が軽くなった。
40km地点。とにかく歩かずに来た。「そのピッチ、いいよ。ゴールはもうすぐ」と、ゼッケン(ナンバー)を呼んで応援してくださった皆さま、ありがとう。人生ドラマを詰め込んで、無心に前へ進むこのスポーツが大好きである。 |
| 上伊那郡 北沢伸子(49)=看護婦 |
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